イタリアンの居抜きを利用して和食居酒屋を出店
居抜き店舗をオークションで落札して居酒屋を開業。初期投資を抑えたことにより、経営リスクの低い店舗経営が実現した。将来的な増店への布石となる。
高級住宅街に超低コストで居酒屋を出店
東京・大井町と二子玉川を結ぶ東急大井町線。この沿線には都内でも指折りの高級住宅街が広がり、都心近くにありながら、ゆったりした雰囲気を醸し出している。
その沿線に尾山台という駅がある。渋谷から電車で15分ほど、環状八号線も通る便利な街だ。その駅前からはレンガ敷の商店街が広がっている。環状八号線にぶつかる少し手前のビルの2階で、藤村さんは2008年6月居酒屋を開業した。
居酒屋「和酔」店内
店名は「和酔」とかいて「おず」と読む。藤村さんが30歳で初めて自分のお店を開いてから、ずっと使い続けている名前だ。
メニューは500円前後とお手ごろ。「海老のもちもち揚げ」や「特大焼サバ寿司」といった定番人気メニューのほかに、「まぐろのほほ肉ステーキ丼」「つぶ貝の握り寿司」といったお食事メニューも充実している。自ら築地で仕入れた活きのよい魚介類や、季節の野菜を取り入れたメニューも多い。毎日変わるメニューは藤村さんの手書きだ。
毎日変わる手書きのメニュー。
営業は夜18:00〜24:00のみ。周辺の住宅街に住むファミリー層の利用が多い。
店内は、萌黄色の漆喰の壁に、柱の部分はレンガが埋め込まれている。天井には太い梁が何本も通り、オシャレで高級感がある雰囲気だ。
実はこの店舗、以前はイタリアンレストランだった。
それを藤村さんが店舗そのままオークションを利用して店舗造作を落札し、ちょっとだけ手を加えて開業したものだ。
200万円で店舗そのままオークションサイトに出展されていたのを見て、探していた条件に近かったため興味をもった。店舗そのままオークションに内覧を申し込んだところ、担当者からすぐに折り返しのTELがあり内覧日を確定。
実際に自分の目で見たところ、かなり良い。
オークション日まで1週間ほどしかなかったが、入札を決意した。藤村さんはすでに半年間店舗を探しつづけており、数多くの物件を見ていて相場感もあったので、この店舗がこの賃料で居抜きであれば「買いだ!」とすぐに思ったそうだ。
入札が終了する2時間前に200万円で一番手で入札。
するとオークションの終了間際1分前に、301万で2札目をいれてきた人がいた。
藤村さんは、他の入札が入ると自動的に相手を上回る価格で入札するシステムに申し込んでいたため、すぐに302万円で3札目が入った。
すぐに303万円で相手が応札。
304万円で藤村さんの5札目が入ったときに、入札終了。
無事、藤村さんが落札者となった。
2時間前に最初の入札をしてから、残りわずか1分のところで急激に競りあがった。緊迫の1分間。際どいケースだった。
実はこの店舗がオークションに出展された直後から目を付けているAさんがいた。
Aさんは店舗を内覧してとても気に入り、入札・落札をするつもりで、前オーナーや店舗そのままオークションの担当者に細かい点を質問したりしていた。
しかし、藤村さんがオークションが終わる直前に内覧し、入札することを即決。
オークション終了のとき最高額で入札していたのが藤村さんであったため、落札者は藤村さんとなった。
先着順ではない。人気がある店舗では、最後に一番高い額をさした人に決まるのだ。
藤村さんは落札後、前オーナーと正式な「店舗造作譲渡契約」をして、その後、無事家主審査も通りテナント契約も結んだ。
藤村さんがオークションを利用したのははじめてであったが、内覧から契約まで、店舗そのままオークションの担当者によるサポートがあったので安心して進めることができたという。
わずか3年しか営業していないイタリアンレストランの店内はとてもきれいでそのまま利用しようかとも思ったが、備え付けの大きなワインセラーや暖炉などがあったため、それらは撤去した。テーブルやイスはとても質が高くてシンプルなものだったのでそのまま使ったが、入口のドアは洋風であったため取替えた。壁は白ですっきりとしていたが、落ち着いた萌黄色の漆喰で塗りこめ、和風っぽさをだした。厨房は冷蔵庫と製氷機が少々古かったため新品に入れ替えた。
これでしめて、240万円。
オークションで落札した店舗造作が304万と、成約手数料となる52万5千円とあわせても、596万5千円。
前のオーナーは内装費だけで1千万かけたという店舗を、藤村さんは600万円以下で自分の店としてオープンさせた。
藤村氏が低コスト出店にこだわった理由は、「危険をおかしたくなかったから」だという。
1年ぐらいしたら他の業態の飲食店にも挑戦したいと思っている。
だから、決して赤字の店にはしたくなかったそうだ。
低投資出店をすれば、固定費を抑えることができる。
飲食店を経営をするうえで、固定費を抑えることの重要さを、この道30年の藤村さんは身にしみて知っていたのだ。
腕に職をつけるために板前の道に
居酒屋「和酔」オーナー
藤村さん
青森出身の藤村さんは両親共働きの家庭に育ち、小さいころから自分の食事は自分で作っていたので、料理には興味があった。腕に職をつけようと、日本有数の温泉地、伊東の旅館に板前としてはいった。
日本料理の板前の世界は、各地域で調理師会が構成され、親方を頂点とした厳しい社会ができている。旅館にはいったといっても、親方の指示で各地の料亭などを転々と周りながら修行する。藤村さんがはいった当時は、途中休憩がないのはあたり前、食事も5分ほどでさっと済ませる。1日16時間労働、忙しい店では18時間労働で休日は月に2回といったところもあった。
仕事は機転をきかせて自分から探しだし、効率よくこなしていかないと先輩から怒鳴られたり、蹴られたりした。
長時間労働のきつさと、縦社会の厳しさに、半分ぐらいはすぐにやめていったそうだ。
料理人の世界は、しばらくすると2つの道に分かれるという。
独立して自分の道を選ぶか、大きな料亭や旅館で煮方、そして板長として現場を取り仕切っていく道を選ぶか。
藤村さんは、前者を選んだ。
24歳になったとき、所属していた調理師会をやめて、お金をためるためにフリーターとなった。昼は自動車工場で働き、夜は居酒屋でバイトした。当時の居酒屋の時給は650円。8時から仕事をはじめ夜中の2時まで働いた。長時間労働は板前だったときと同じだったが、精神的にはかなり楽になり、お金を貯めることに集中できた。
夜居酒屋でバイトをした理由はもう1つあった。
調理場ではなく、ホールで働き、接客のノウハウを得るためだった。働いていた居酒屋は、当時急成長していた大手チェーン店。店長の采配1つで従業員の接客がかわり、店に活気がでる現場を体験した。
料理は板前時代に、接客は居酒屋のアルバイト時代に身に付けた。
藤村さんがフリーターをはじめて4年間がたった頃、1000万円が貯まった。これを機に、アルバイト先の居酒屋を変え、調理場で料理の勘を戻すこと1年。
同時に自分の店とする店舗物件を探していたところ、先輩から東京・下北沢にある10坪ほどの居抜き店舗を紹介された。はじめてやる店舗としてはちょうど手ごろだったし、下北沢には何度か遊びにいって、土地勘があった。しかも、都内でも人気が高い下北沢。そんなところで自分の店を開けるなんて夢のようだった。
試行錯誤をした自分の店が行列の店へ
はじめての店は雑居ビルの2階。飲食店も多く、利益を出すのに10ヶ月かかった。
当時はそういう時代でもあった。
軌道に乗せるまで1年かかるのはあたりまえ、そしてその店を5年、10年と続けていくのが普通だった。そんなつもりだったから始め赤字でもあせらなかった。
板前出身の藤村さんは、築地で魚を仕入れ、手の込んだ料理を3000円のコースとして提供。板前仕込みの美味しいコース料理をびっくりするほど安くだしてくれる店がある、と口コミでお客が増えていき、毎日がほぼ予約でいっぱいの状態だった。
そこで12年営業したが、もっと広い店舗で営業するために、池尻に移った。
周囲に魚介類を扱うお店や大手チェーン店の居酒屋が少なかったこともあってか、この店は立ち上がりが早かった。
手の込んだ料理で構成するコース料理はやめ、サラリーマンが気軽につまめる単品料理に変えていった。
すると、面白いように売上が増加した。客単価は2500円ほどだったが、男性ばかりの客で回転率が高かったので、結果として売上が上がったのだ。
下北沢の店舗は奥様とアルバイト1人でまわしていたが、この店は8名のアルバイトを6名体制で回すほどになった。スケルトンだったので開業には1800万円かかったが、すぐにモトをとった。何年かすると口コミで女性が増えてきたので、メニューを変更したところ客単化は3000円に上がったが、回転率がおちてしまい、逆に、売上は減少していった。
人気が衰えたわけではない。入店を断る客が多いときには70人にものぼったが、女性客は滞在時間が長く、やむをえなかった。
「飲食店は回転率が勝負」と藤村さんはいう。
池尻で営業をはじめ6年が過ぎたころ、このビルを取り壊すことになり2008年3月末で契約が打ち切られた。
ちょうど、「もっと大きな店で居酒屋をやりたい」と思っていたときだったので、大きめの店舗を探しはじめた。しかし、なかなか条件があう店舗がない。東京都内の駅前などは、6年前と状況がかわって、びっくりするほどの賃料になっていた。良いと思う物件があっても先約がはいっていたりして、あっという間に半年がたってしまった。
不動産屋からFAXなどが送られてきたが、店舗そのままオークションにも登録していたので、自分で会員専用サイトのオークション情報を検索していた。頻繁に物件が入れ替わるので小まめにチェックするようにしていたところ、この尾山台の物件を見つけたのだった。
今後の夢 増店・閉店するときはまた店舗そのままオークションを利用したい
藤村さんは、今回の移転にあたって、サラリーマンを相手に40坪程度の広い店舗で居酒屋をしたいと考えていた。もしくは、回転率がよいあたらしいタイプの業態をやってみたいという夢もあった。 しかし、どちらにあう物件も見つからなかった。
東急大井町線の住宅街が広がるエリア
尾山台の店舗はそういう意味ではちょっと違う。住宅街が広がるエリアで、ファミリー客がほとんどだ。当初ターゲットに想定していたサラリーマンは少なく、宴会需要などは場所柄とても見込めない。
しかし、賃料の安さと開業にかかるコストを考えると、非常に魅力的な店だった。
固定費が少ない、すなわち、リスクが低い店舗を開店できるのだ。
リスクが低いから冒険ができる。いろんなことを試せる店舗だと思ったのがこの店を決めた理由だ。
開業して間もない今は、夜の営業のみ。そのうちランチもはじめるつもりだという。サラリーマンは少ないが、周辺の主婦や商店街の人たちの需要が高い。そこで将来新たに始めるかもしれない業態のメニューを開発もかねて、いろんな料理にチャレンジしたいと思っている。
1年後、この店を営業したまま新しい店舗を始めるかもしれない。
もしかしたら、この店を閉めて新しい店舗を始めるかもしれない。そのときは、また店舗そのままオークションに出展してこの店舗造作を売ればよいと思っている。
店舗そのままオークションを利用した藤村さんは、この仕組みの良さを次ぎのように語る。
店舗そのままオークションを利用すれば、
閉店する人が閉店コストをかけずに、それどころか売却をしてお金を得ることができる。
そして、
開店する人が低コストで出店できる。閉店するときにはまたオークションに出展することもできる。
家主さんとしても、つぎつぎとテナントが入ってくれればその方がよいだろう。
両者、いや、3者にメリットがある。
それに、低投資出店で開業後の固定費も抑えられること。これは店舗経営をしていると有り難味を痛感する。
4店の出店と2店の閉店を経た藤村さんの実感である。
2008年6月12日
【店舗概要】
店舗名: 居酒屋 和酔
所在地: 〒158-0086 東京都世田谷区尾山台3-9-10 2F
アクセス: 東急大井町線尾山台駅徒歩5分
TEL: 03-5707-4161
定休日: 日祝




